正しさを押しつけない ── 健康の先にある、その人の幸せ
「健康のために、お酒は控えましょう」「甘いものは減らしましょう」。体を整える仕事をしていると、こうした言葉はいくらでも口にできます。どれも、間違ってはいません。
けれど私は、この「正しさ」をそのまま相手に渡すことが、本当にその人のためになっているのかを考えてきました。今回は、私たちのバリューである3つの問いのうち、最初の問いについて書きます。
「正しい」も、押しつければエゴになる
私たちが毎日立ち返る最初の問いは「もとめられているか」。サブの問いは「エゴになっていないか」です。その中身を、私たちは次のように書いています。
相手が本当に求めていることに向き合えているか。自分の「やりたい」や「正しい」を押しつけていないか。
この中の「正しい」という言葉は、あとから私が書き足したものです。
自分のやりたいことを押しつけるのがエゴだ、ということは、わかりやすいと思います。けれど、正しいことでも、相手が求めていなければ、それもまたエゴになる。正しいことは言う側に迷いがないぶん、相手が求めているかを確かめる前に、口から出てしまいやすいものです。
健康の先に、幸せがある
この問いを、私たちが自分たちの事業にどう当てはめているかを書きます。
私たちが運営する wellness space CLOVER. の理念は「健康の先に幸せがある」です。健康は、幸せを感じるための土台です。けれど目的は、健康そのものではなく、その先にある、その人の幸せです。
だから、お酒や好きな食べものが幸せだという方の選択を、私たちは否定しません。
私は顧客の幸せを尊重する。そこに必要な健康のサポートは、求められた分する。
これは、CLOVER. の在り方を考えていたときに、私が口にした言葉です。
名乗りひとつにも、問いは表れる
以前、CLOVER. の仕事をひとことで表す名乗りを考えていたとき、「健康屋」という案が出ました。わかりやすい言葉です。けれど、私はこの案を取り下げました。
「健康屋」と名乗れば、健康そのものが目的だと、看板が語ってしまいます。それは、健康のために幸せを我慢してもらう側へ、自分たちを引っ張っていく言葉です。最初の問い「エゴになっていないか」に反する方向でした。
押しつけないことは、黙ることではない
では、相手の選択を尊重するというのは、何も言わずに見守ることなのか。そうではありません。
体の状態について、相手にとって耳の痛いことでも、伝える必要があることは伝える。それは、この仕事を担う者の責任です。そのうえで、その先をどう選ぶかは、その人の幸せに委ねる。
3つ目の問い「カタチにできているか」のサブの問いは「なんとなくで終わらせなかったか」です。押しつけないことを理由に、伝えるべきことを曖昧にしてしまえば、それはこの問いに反します。
正論を述べるだけでは、人には伝わりません。だからこそ、相手の状態に合わせて、届く言葉とタイミングを選ぶ。5つの力のひとつ、表現力(伝える)が求められるのは、まさにこの場面です。
求められているものに、向き合い続ける
「もとめられているか」という問いは、相手の言うことに何でも従う、という意味ではありません。相手が本当に求めているもの、その人にとっての幸せに向き合えているかを、自分に問う言葉です。
正しさは、ときに相手の幸せとぶつかります。そのとき、自分の正しさを先に立てていないか。私たちはこの問いに毎日立ち返りながら、人の幸せをカタチにするプロフェッショナルを育てていきます。
幸せをカタチにするプロフェッショナルを、いっしょに育てていきませんか。
採用・協業・講座のご相談は、お問い合わせからどうぞ。